いさぢちんメモ

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新潮文庫nex雑感

創刊100年、新潮の次世代ラインナップ「新潮文庫nex」は、新潮文庫だからできる「キャラクター」と「物語」を融合させた「面白い」エンタメ小説を目指す、らしいです。面白いエンタメ小説であり、とりわけキャラクターを重視した小説というと、そのまんまライトノベルなわけですが、新潮文庫nexライトノベルレーベルではなく、既存の新潮文庫という枠組みの中で展開していくそうです。こういった試みは特別目新しいものではなく、角川文庫は既存の一般文芸レーベルのなかで角川キャラクター文芸というライトノベル枠の作品を刊行していますし、角川ホラー文庫がほぼラノベ化している事も今に始まった事ではありません。他にもかつては「一般文芸の棚に置いて下さい」と要請していたと噂されるメディアワークス文庫、ライトと文芸の融合を目指した富士見L文庫などなど、書店視点では主にライトノベル棚に置かれている自称一般文芸、もしくは一般文芸棚に置かれているライトノベル的ポジションの作品群は近年増え続けており、我々の業界*1では「キャラノベ」「キャラ立ち小説」などと呼ばれています。

さて、そんなカテゴリに創刊100周年の看板を引っ提げて重役出勤してきた新潮文庫nexですが、いったいどれほどのものか。子供時代は新潮っ子と自称するくらいに新潮文庫ばかり読み*2、今はライトノベル読みである僕の視点でざっくり見てみました。

新レーベルではないそうですが、新潮の特徴であるスピンがなく、また化粧裁ちされているので、従来の新潮文庫とは明らかに別物な見た目。表紙にはふゆの春秋、越島はぐ等、他ラノベレーベルで見かける顔ぶれを起用したポップなデザインで、派手な表紙の多いライトノベルの中にあっても埋没しないだけの個性を放っていました*3。また創刊ラインナップには銀帯と、まるでラノベ新人賞受賞作であるかのような力の入れっぷり。老舗新潮の本気が窺えます。そう、新レーベルではない、ラノベレーベルではないと言いつつ、見た目においては明らかにライトノベルを意識していまして、一般寄りに日和った部分がない。真っ向からライトノベルレーベルに対抗しようという意思が感じられます。

創刊ラインナップは6作、うち4冊を購入し現在3冊読みました。好みもあるけど、どれを読んでも当たりだと言うほどではなくて、クオリティ、ジャンル的にも結構幅がある印象です。

まずは電撃文庫とらドラ!」「ゴールデンタイム」などでお馴染みの竹宮ゆゆこさんの新作。一般文芸寄りのレーベルで、まさかライトノベルの中でも相当はっちゃけた部類に入るゆゆぽが創刊ラインナップに入っているとは、かなり意外です。さすがにちょっとはいつものゆゆぽ節も抑え気味に大人しくなっているのでは……と思っていました杞憂でした。むしろゴールデンタイムを上回るゆゆぽっぷりで従来の残念ヒロイン描写も手を抜く気配がない。竹宮ゆゆこの書く女性は、心情描写が緻密で生きた人物という印象が強いので、女の子主人公のラノベを書いた方が絶対に面白いだろうからそんな作品を読みたいとつねづね思っていたのです。『知らない映画のサントラを聴く』はそんな夢を叶えてくれました。

ちなみに精神的百合作品です。

いなくなれ、群青 (新潮文庫nex)

いなくなれ、群青 (新潮文庫nex)

サクラダリセット』『ベイビー、グッドモーニング』でおなじみ河野裕の青春ファンタジー。氏は『つれづれ、北野坂探偵舎』刊行の際に

と発言していましたが、実際読んでみるとそこはかとなく遠慮があるといいますか、尖った部分が丸くなって全力でラノベを書いていないような印象を受けました。しかし、今回の『いなくなれ、群青』は主人公が学生であるという部分だけでなく、ストーリー、舞台などなど河野ワールド全開といった雰囲気で、北野坂探偵舎で少々物足りない思いをしたサクラダリセットファンにもおすすめできる良作になっていると感じました。

個人的な好みでは、こういうお話は単巻完結にしてほしいので、シリーズ物であるところ、ラスト数ページの展開がちょっと好みから外れるのですけど、ライトノベルはある程度のシリーズ化はしかたないから、そのへんはまぁ。

坂東蛍子、日常に飽き飽き (新潮文庫nex)

坂東蛍子、日常に飽き飽き (新潮文庫nex)

これはちょっと難物。僕の好みではつまらないし、印象では雑なセカイ系で、不条理なギャグを繰り返すドタバタ物って感じで、群像劇風ではあるけど描写が足りなくて散漫。小説としてみたら今ひとつであるんですけど、ただ勢いだけはあって、アニメで言うとスペース☆ダンディみたいな事をしたいんじゃないかなーとなんとなく感じました。ただほんとに描写が雑で、そのへん好みもあるのかもしれないけど、僕は読んでいて辛い文章でした。

この作品の読後感はなんとなくMF文庫Jの『マカロン大好きな女の子がどうにかこうにか千年生き続けるお話。』を読んだときの微妙な気持ちに似てました。作風が似てるっていうんじゃなく、読後感が。もしかしたら『マカロン大好き〜』みたいな作品が好きな人にはおすすめ出来るかもしれません。

さて。

そんな感じで3冊読んだ感想としては、内容としても一般文芸寄りに遠慮した部分がない濃いめなライトノベルで、主要ラノベレーベルとも競合しそうなレベルにある、と思いました。メディアワークス文庫や角川キャラクター文芸が相手ではなくて、ガチで電撃文庫ガガガ文庫あたりと勝負出来るクラスのラノベ力を秘めています。

新潮文庫nexライトノベル棚に置かれないことが多いようだけど、想定した読者へ届きにくく不利なのでは」という意見もあるようでしたが、そのあたりはあまり問題がないように思えます。実際とらのあなアニメイトでも扱っているそうですし、そもそも元々あわいの作品群「キャラノベ」が台頭してきているので、多くのラノベ読みはそのあたりの棚もチェックしているでしょう。むしろ重要なのは、「ライトノベルというカテゴリに偏見を持っていて読まない層」なのではないでしょうか。一般文芸棚に置かれ、新潮文庫の名に根付いた信頼をエサに、一般文芸しか読まない読者層にライトノベルを読ませラノベへの苦手意識を払拭させる、そんな役割が期待されます。

キャラノベでよくある「ライトノベルを卒業した読者のためのレーベル」「ライトノベルと一般文芸との橋渡し」みたいな意識でいると、結局ライトノベルというカテゴリを一段下に見てしまうことになり、それでは存在感のあるキャラクターも重厚な物語も良質なエンタメも出来ないまま中途半端にラノベっぽいだけのあっさりめの一般文芸になってしまいます。できれば新潮文庫nexにはそういった意識を持たず、創刊100年の看板に胡座をかかず、驕らず、ライトノベルに真摯に向き合って欲しいと、そう願います。少なくとも創刊ラインナップからはその心意気が感じられました。新潮文庫nexの益々のご発展を心よりお祈り申し上げます。

*1:どこだ

*2:おもに池波正太郎

*3:ちなみに新潮文庫nexは一般文芸棚で展開される事が多いそうですが、僕の行きつけの書店ではラノベ棚エンド台に積まれていました。